富士塚への愛なら誰にも負けない!有坂蓉子『ご近所富士山の「謎」』

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ご近所富士山の「謎」富士塚御利益散策ガイド』(講談社+α新書)の著者・有坂蓉子の肩書きはアーティストだ。それも現代アートの人。けれど富士塚マニアで、マニア歴は約10年。富士塚をテーマにした作品をつくる傍ら、富士塚を紹介する活動も行っている。歴史や宗教の研究家ではないと本人は語っていて、確かに研究者ではないが、本書巻末の参考文献を見ればその探求欲がハンパでないことは一目瞭然だ。富士塚を愛してやむことがなく、その情熱は誰にも負けない。

有坂蓉子が富士塚の魅力に目覚めたのは、ニューヨークでのちょっとした出来事がきっかけだった。大学卒業後アメリカで生活していた著者が、日系人の集まる正月のパーティーに行った時のこと。寿司を食べて日本酒を呑んでいた際に、誰かが言ったひと言、

「今年もお酒が飲めるようにお参りしない?」

その瞬間、皆気づいてしまった。「ああ、私たちは初詣ができないんだ」

そう、アメリカには神社も寺もない(どこかにはあるだろうが)。正月だから、柏手を打ってお参りをする、ただそれだけの事なのに、できないのは切ない。そこで著者は身近な材料で小さな赤い鳥居を作り、後日、仲間と共に初詣を果たした。

私は思う。たとえ神職が不在でも、仮の祭壇での疑似体験であったとしても、意味のある儀式かどうかは参拝者次第だということ。その日私たちが小さな鳥居を目の前にした時、心ははるか母国に飛んだ。鳥居を通して「遙拝」したのだ。

この体験が心の中で大きく膨らみ、有坂蓉子は「築山」=「人の『思いがつくった』富士山」としての富士塚へ登拝する意味や、そのコンセプト性に惹かれていく。

「富士塚を造ったのはどんな人?他にもたくさんあるのかしら?」

と興味の赴くまま、有坂蓉子の富士塚めぐりは始まった。

ところで、富士塚というのは、江戸時代に富士山信仰に基づいて庶民が自分たちの手で築いた手作り富士山のことだ。本物の富士山は遠いし、かつては女人禁制で行者の修行の場であり、実際に登るのはかなりハードルが高かった。しかし、それでも正月には富士山を拝みたいし、富士詣でを行いたい。そんな気持に駆り立てられて造ってしまった「お富士さん」はある意味、庶民の需要と供給の産物。まさに「ご近所の富士山」だ。

さて、本書タイトルにある富士塚の「謎」ってナンなんだ?ということになるが、それは第一章「富士塚へようこそ」に詳しい。

  • 歩いて出会える仰天史跡
  • 富士塚をもうちょっと知るために
  • 富士山への想い
  • ちょっとひも解く、富士山信仰の歴史
  • 富士塚を造った人々  などなど・・・。

以下、文献や資料を元にした思いっきり充実した詳細な記述が続く。「講談社+α新書」の面目躍如だ。写真や図版も興味深い。

そして第二章、本書はいよいよメインの「厳選!富士塚36基登拝ガイド」に突入する。ホントはココが書きたくてしょうがなかったんでしょ?と思わずツッコミを入れたくなる富士塚の紹介コーナーだ。

文章もさることながら、著者自身の手による富士塚のイラストがわかりやすく、イメージもつかみやすい。

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本文144pより 千駄ヶ谷富士

東京都内にある富士塚が中心だが、千葉や埼玉、神奈川にあるものもピックアップされている。上の図は渋谷区にある鳩森八幡神社の千駄ヶ谷富士だ。

ここを訪れ、富士塚の姿が目に入っても、すぐには登らずしばらく眺めてイメージしよう。

とあり、神社にたどり着いたら、

「これが富士塚?」とせっかちに取り付いてしまうのではなく、江戸時代にこの山を築いた人々に想いを馳せ、富士山を思う気持に共感できたらイイよね!という著者の想いが伝わってくる一節だ。


ところで、本書はガイドブック。通読したらおしまいという本ではない。

なので、このガイドを手に実際に富士塚を訪ねてみることにした。場所は台東区の「下谷坂本富士」。下谷にある小野照崎神社の富士塚だ。江戸・文政時代に造られ、当時の形をそのまま残す貴重なものだという。

なぜ下谷かというと、じつは小野照崎神社に近い某お寺にわが家の墓所がある。つまり、ちょうどお盆の時期なので、墓参りに行くついでに富士塚を訪問してしまおうという、若干軽めの動機なのだが、そこはちょっとゴメンナサイだ。ちなみに小野照崎神社を訪れたことはなく、初参拝となる。

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根岸三丁目交差点と日比谷線入谷駅とを結ぶやや広めの通りを行くと、いきなり大きな鳥居が現れる。鳥居をくぐると左手に手水舎があり、奥に立派な拝殿があるが、目当ては富士塚なので、お参りよりもそちらを優先してしまう(スミマセン)。

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そして拝殿を横目に早足気味に進むと、そこにはゴツゴツとした岩が積み重ねられた立派な富士塚が。

「お!これか?」

登拝できるのは山開きの日だけなので、中へ入れないのはわかっていても、もっと近寄りたい気持に駆られて、石の柵から身を乗り出す姿勢になり、岩の重なり具合や登路の細部をじっくりと眺める。

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中央の棒が立っているところが山頂。手前に合目石が見える。

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アングルを変えて。

注連縄と白い紙垂(しで)が、強い日差しの中で静かに存在感を放っているのが清々しくて印象的だ。

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境内に奉納されたかわいい絵馬にも富士山が!

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静かな住宅街側にも鳥居がある

神社には静かな住宅街の通り側にも鳥居があり、入口は2ヶ所だ。近所の人達が自転車でお参りに来ていた。まさにご近所の富士山、いや、神社か。

なお、小野照崎神社の由来や歴史は神社のホームページ詳しい。


私のリアル富士登山は、富士宮と須走口の各ルートから過去に2度チャレンジして、富士宮ルートで登頂した。須走口の方は、天候が思わしくないのが分かっていたにも拘わらず、とりあえず登ってみようとナメてかかり、あり得ないくらいの猛烈な雨に叩かれて逃げ帰ってきた。

富士宮ルートで登頂した時は、夜9時頃歩きはじめたが八合目あたりで朝日に追い越され、ご来光には間に合わなかった。山頂はガスっていて眺望は得られなかったが、剣が峰までたどり着き、何事か成し遂げた気はした。なにせ日本一なのだ。立派なサミッターである。一度は登っておかなければ、という気持もあったので満足した。

有坂蓉子は本書に次いで『古くて新しいお江戸パワースポット 富士塚ゆる散歩」(講談社)を上梓し、日々、やむことなく富士塚の探求と紹介を続けている。その活動は、Facebook「富士塚ゆる散歩」やブログ「芙蓉庵[有坂蓉子 Yoko Arisaka]の【富士塚日記】」に詳しい。本書で富士塚の魅力に目覚めたら、ぜひこちらで更なる有坂蓉子ワールドにどっぷり漬かってみるのがおすすめです!