東海道「品川宿」と品川神社の「品川富士」を巡る(1/3)

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杉江松恋・藤田香織『東海道でしょう!』と有坂蓉子『ご近所富士山の「謎」』を手に、東海道五十三次の品川宿を歩いてみた。

品川は日本橋からスタートする東海道五十三次の最初の宿場町だ。品川神社は品川宿の西の高台に位置する文治三年(1187年)創始の歴史ある神社。御朱印集めやパワースポット巡りでも人気だが、もちろん今回のお目当ては品川富士。「富士塚への愛なら誰にも負けない!有坂蓉子『ご近所富士山の「謎」』」で訪れた谷中富士は見学のみだったので富士塚登拝は今回がはじめてだ。

上記二冊の他に東海道ネットワークの会21『決定版 東海道五十三次ガイド』(講談社+α文庫)と今井金吾『今昔東海道独案内』(ちくま学芸文庫)もプラスα的に参考書として追加し、八ツ山橋から目黒川までの北品川宿エリアを歩いた。

散策ルートは八ツ山橋をスタートし、街道を夾んで海側と第一京浜側を行ったり来たりしながら下って行き、北馬場通りを抜けて品川神社でお参り&富士塚登拝。その後目黒川沿いに品川橋まで下って、今度は街道をストレートに北品川駅まで戻ってくるというもの。ゆっくり歩いて3〜4時間の半日コースだ。

文中の感想「ふむふむ」と「ほほう」については、「ふむふむ」と「てくてく」で東海道歩きを満喫する『東海道でしょう!』を参照ください。

八ツ山橋から土蔵相模〜舟だまり〜利田神社と鯨塚〜御殿山下砲台跡

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八ツ山橋

品川宿を歩くには京急の北品川駅で下車すると駅前商店街があり、そこはすでに旧東海道品川宿だ。しかし、電車を降りていきなり東海道というのも唐突感があるので、軽いアプローチが欲しいと思い、今回はJR品川駅から歩くことにした。とはいっても品川駅前の第一京浜も旧東海道ではあるのだけれど。

第一京浜を新八ツ山橋へ。『東海道でしょう!』杉江パートに、”昭和29年制作の映画「ゴジラ」では、怪獣はこの地から日本に上陸した。”とある。

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ゴジラはあのビルの向こうからやって来た!?

昭和29年版「ゴジラ」(1954年版)はWikiの記述を読むと、ゴジラは最初に芝浦に現れる。上陸してそこら辺を歩き回ったあと防衛隊の銃撃を受けるが、ダメージゼロのままJRの品川運転所と八ツ山橋を破壊していったん海に帰る。

その後再上陸して都心に向かい、銀座で大暴れするので品川宿は二度に亘ってゴジラに襲われたことになるようなのだが、品川が初上陸地だという別の情報もあって、映画を見てみないと正解はわからない。しかし、いずれにしても品川宿にとってはとんだ災難だった。

ちなみに、2016年の「シン・ゴジラ」ではゴジラは鎌倉に上陸し、横浜市、川崎市を踏みつぶして世田谷、目黒方面から港区へとやってくる。私は神奈川の住人なので、ゴジラにはこちら方面にあまり関心を持って欲しくないのだが、そうは言ってもどこへ上陸するかはゴジラの気分次第だ。おてやわらかにお願いしたい。

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商店街は宿場町っぽい雰囲気に設えられている。

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お休み処で情報を仕入れよう

品川宿お休み処「Bar Scala」

ゴジラはさておき、本日は品川宿。八ツ山橋から街道を歩く。品川宿は北品川商店街とイコールだ。歩きはじめるとすぐに品川宿オフィシャルお休み処のひとつ「Bar Scala」が右手に現れる。

店内をのぞくと年配の女性が二人出迎えてくれた。とくに用はなかったのだがそうも言えず「地図ありますか?」と尋ねると、観光協会の「地元厳選 東海道品川宿なるほどマップ」を出してきてくれたので頂く。「こんなのもあるわよ。50円だけど」というので「東海道品川宿 まち歩きマップ」も購入。「あら、売りつけちゃった」と二人で笑っている。「スタンプ押していく?」というので素直に「はい」。

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左が50円。右は無料。

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記念のスタンプを捺した

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「なるほどマップ」はフルカラー

『東海道でしょう!』の杉江松恋・藤田香織の一行は東海道踏破が目的で、それは東海道ネットワークの会21の『決定版 東海道五十三次ガイド』も今井金吾『東海道独案内』も同様だ。品川宿を密度濃く散策・ガイドするわけではないので、入手したばかりの観光マップの情報も参考にしつつぶらぶら歩きを開始する。

問答河岸の碑と土蔵相模

「Bar Scala」を後にしてすぐに現れる東海道物件は「問答河岸の碑」だ。問答とは東海寺の沢庵和尚と徳川三代将軍家光との会話のことで、『決定版 東海道五十三次ガイド』によると、

三代将軍家光が東海寺を訪れた。河岸まで見送りにきた沢庵和尚に「海近くして東(遠)海寺とは如何に」と問うと、和尚は「大軍を率いて将(小)軍というがごとし」と答えたという。

とある。

笑点のお題みたいなものか。なるほどねとは思うが、物件そのものは、かなりの「ほほう」だ。

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ここで立ち話をしたのだろうか?

さらに少し足を伸ばすと「土蔵相模跡」の碑があり、こちらもほぼ完全な「ほほう」物件になっている。

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左手前が碑。マンションは島崎楼で、奥のファミリーマートが土蔵相模だ。

土蔵相模と島崎楼については『東海道でしょう!』と『決定版 東海道五十三次ガイド』そして『東海道独案内』に簡単な解説があるが、高杉晋作に関心がないと鑑賞不能かもしれない。

土蔵相模は『東海道独案内』の初版刊行時(1974年)には「ホテルさがみ」(さがみホテル?)としてまだ営業していた。

古民家の家並み

少し戻って、観光マップを見ながら北品川一丁目の「古民家の家並み」方面へ行ってみることに。「問答河岸の碑」から通りを下って八ツ山通りへ出る交差点の角にレストラン「居残り連」がある。

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個性的な外観の店なのでよく目立つ。

店名の由来は「居残り連」のHPと『東海道でしょう!』の杉江パートにある「幕末太陽傳」と「居残り佐平次」の件をどうぞ。

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「居残り連」の先を交通局の方に向かっていくと営業していないラーメン屋と食事処があり、その裏手がマップにある「古民家の家並み」だ。空き家もあるが観光用の建築物ではなく個人の住宅なので、良識ある行動をとりたい。

舟だまり

「居残り連」まで戻って舟だまり方面へ。”品川浦はかつては豊富な水揚げを誇り、海苔の産地であった”と観光協会の資料にある。舟を間近に見て、ようやく品川が海に近いことが実感できる。

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釣船や屋形船が係留されている

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橋は大正末期建造の石造り

利田神社と鯨塚

舟だまりの外れから八ツ山通りを行くと小さな公園があり、ちょっと引っ込んだ所に利田(かがた)神社と「鯨塚」がある。

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利田神社は静かな佇まい

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都内に現存する唯一の鯨塚

寛政十年(1798年)5月1日、暴風雨で江戸湾に迷い込んだ鯨を漁師が追い込んで捕まえたので大きな話題になった。体長は約16.5m。ちょうど地下鉄銀座線1両くらいの長さだ。当時の人々にとってはゴジラ上陸並の騒ぎだったようだが、鯨はとくに恐いものではなく、単にそのデカさに驚いて見物に集まったようだ。

将軍家斉も浜御殿(浜離宮)で見物した。品川から浜離宮まではけっこう遠いが、どうやって運んだのだろう。舟で曳いていったのだろうか?

鯨塚は全国に散在するが、都内で現存するのはこの利田神社にあるもののみ。

御殿山下砲台跡

利田神社から少し足を伸ばせば台場小学校。ここには台場跡がある。品川観光協会によると、江戸幕府はペリー来航に大きな衝撃を受けて大急ぎで砲台建設計画を立て、工事に取りかかった。11基作る計画だったが、完成したのはそのうちの御殿山(品川)を含めた6基。ペリーは品川沖までやって来たが、台場の大砲を見て横浜まで戻ったというから、それなりの効果はあったようだ。

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御殿山下砲台跡には第二台場にあった灯台のレプリカがある

このあと八ツ山通りを渡って台場横町を街道まで戻り、善福寺へと向かう。

2/3へ続く