東海道「品川宿」と品川神社の「品川富士」を巡る(3/3)

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東海道「品川宿」と品川神社の「品川富士」を巡る(2/3)からのつづき

品川富士と北品川宿

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品川神社は、北馬場通りを抜けて第一京浜を渡る横断歩道の正面にで〜んと鳥居を構えている。800年以上も前に創始された神社には「ほほう」も「ふむふむ」もなく、素直に参拝させていただくという気持になる。

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横断歩道の正面が品川富士

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麓は緑が多く、7合目からは熔岩帯だ

いざ品川富士へ

横断歩道を渡って鳥居をくぐるとすぐに急な石段があるので、これを登る。『東海道でしょう!』で藤田香織がぶうぶう文句を言いながら登ったところだ。

ちなみに石段は、富士塚の登山口がある石段途中の踊り場(?)までが28段。てっぺんまで上ると53段だ。単なる小ネタなのでここはスルーで。

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鳥居をくぐると石段の急登

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石段を登り詰めると正面に本殿が

有坂蓉子の「品川富士」を見てみると、

京急新馬場駅の目の前、品川神社の急な石段を登り始めると、中腹左側に鳥居が建っている。富士山の登山口だ。

とある。

羽田富士とか千駄ヶ谷富士というように地名+富士で呼ぶのではなく、富士塚=富士山だ。数多く存在する富士塚は、お山を築いた人々にとっては単なるレプリカではないことを忘れてはいけないのだった。

いよいよ登拝

とにかく登ってみよう!お山はいつでも開かれている。

ということで、さっそく登拝を開始。

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ここが登山口

先日訪れた台東区「下谷富士」のしんとした静かな佇まいとは趣が異なり、品川神社の富士塚は第一京浜から見上げた姿が堂々としていて恰幅も良い。そして「しっかり」登れるつくりになっている。

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「登山道」から一歩で1合目。

合目石(ごうめいし)をたどる。立派なな講碑があるなと思ったら、すぐさま2合目に妖しい石室が。中には役行者が、鬼たちを従え笑っている。

石室を後に一段ずつ味わうように登る。すぐに4合目5合目と続き、6合目の合目石を右手に見ながら7合目まで登ると左手に展望が開ける。

自然と一息つく感じで足が止まるので品川の街を見おろす。登山口が神社石段の中腹から始まるぶん高度がかさ上げされているのでそこそこ高度感もあり、ミニ登山の気分が味わえる。

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4合目と5合目

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6合目でひと休み

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大きく折り返すと7合目。その先に8合目と9合目が見える

そして山頂へ!

ルートは7合目から大きく右へ折り返して鎖場(!)を登っていく。3,776mある方の富士山は、山肌をジグザグに雷光型に折り返すように登山道がつけられているが、ここ品川の富士山も登山道はZ型だ。登路に対して山頂側が熔岩の斜面でその反対側は下界を見おろしている。

さらに、リアル富士山は山麓に広大な樹林を抱えているが、品川の富士山も麓には樹木が配されていて、この山を築いた人々の思いが伝わる。

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山頂から東の海側を眺めると京急の高架を赤い車両が横切る

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見おろすとこんな感じ

山頂は思ったより広い。「着いた!」という実感がある立派な頂上だ。

頂上に立ったら、イメージしてみよう。かつて、目の前に東京湾が広がっていたことを。ここ一帯が浅間台と呼ばれていた。遠方の富士山もさぞ美しく見えたことだろう。

ひとしきり景色を楽しんだら下山にかかる。

下山道はお山をぐるっと回るようにつけられているので、ゆっくりと道をたどる。浅間神社の裏に出たら登拝は無事に終了。

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浅間神社は社殿と参道がコンパクトなので狛犬がデカく感じられる

「南の天王」荏原神社

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品川神社をあとに北馬場通りから荏原神社へと向かう。山手通りを渡ったら、区の指定文化財にもなっている大銀杏のある稼穡(かしょく)稲荷社のヨコを抜けて目黒川につきあたる。橋柱に青銅製の擬宝珠がつけられた赤い鎮守橋が目印だ。

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鎮守橋の欄干は色鮮やかな朱塗り

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荏原神社の鳥居。奥に本殿が見える

荏原神社も品川神社とともにパワースポット巡りや御朱印集めで人気の由緒ある神社だ。もとは「貴船社」「天王社」などと呼ばれていたが明治8年に今の「荏原神社」と改称された。

荏原神社は品川神社が「北の天王」といわれるのに対して「南の天王」と呼ばれ、南品川の鎮守として崇敬されている。東海七福神の一社として恵比寿さまが祀られている。

北品川と南品川
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旧目黒川は大きく蛇行してしていた

品川神社が「北の天王」、荏原神社が「南の天王」と呼ばれるわけは、目黒川を境に北品川、南品川と分かれていたためで、それは現在も変わらないが川筋は当時とは大きく異なっている。

かつて目黒川は川幅が狭い上に水深も浅くしばしば氾濫して災害を引き起こした。

目黒川は、周辺に降った雨が集中する地形のため、少しの雨量でもすぐに溢れ、流域の村民は浸水や冠水などの被害にしばしば悩まされていました。(品川区「東海道品川宿のはなし」)

東海寺の本堂に水が上がったとか、南品川の貴船明神門前付近で民家や土蔵が流されたといった水害の記録が多く残っている。そこで、大正から昭和にかけて河川改修工事が行われ、目黒川の流れは大きく変わった。

とくに第一京浜国道に架かる東海橋より下流は、東京湾まで直線の川筋となり、荏原神社の北側を流れていたものが南側になりましたが、品川橋よりやや下ったところから大きく曲がり北向きに流れる部分は、本流から分かれて猟師町の漁船を繋留するために残されていました。

この旧川筋部分は現在、埋め立てられて「八ツ山通り」になっています。(品川観光協会「目黒川改修の碑」)

目黒川が海に向かってストンと直線になったことによって、以前は目黒川の南側にあった荏原神社が川の北側となってしまった。なので、現在利田神社のあたりで途切れている運河はかつての目黒川の名残だ。

旧東海道は江戸時代には海沿いの街道であったが、後に埋め立てが進んで海岸線は遠ざかった。かつての海岸線は目黒川となったが氾濫を重ねたため直線に改修され、不要になった旧河川部分が八ツ山通りになったということだ。う〜ん、そうだったのか。これは面白い。街道と八ツ山通りの高低差が気になっていたが、こういう事とは知らなかった。「なるほど」ポイントはかなり高い。

品川橋から宿場を北へ

荏原神社をお参りしたら街道まで下り、品川橋を渡る。品川橋は品川宿を南北に分けるキーポイントで、ちょうど境目に当たることから境橋とも呼ばれる。通常の交通用の橋ではあるが、庭園や東家に橋の歴史が記された解説板も設置されているので「ふむふむ」したい時に最適。

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品川橋は橋上に庭園と東家があるゴージャスなつくり

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「ふむふむ」の素も設置されている

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品川橋を渡り、街道を北へ

東海道を北へ向かって進む。往路はあちこち寄り道して二度三度と街道を渡り返したが、復路はストレートに街道を品川方面へと戻る。

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品川宿交流館「本宿お休み処」は黒塗りの建物

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レトロな外観の履物屋「丸屋」

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KAIDO books&coffee 入口は地味だが店内はゆったりしている

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星野金物店はプロ仕様の品揃え

街道は北品川商店街でもあるので近隣の住民のための店や飲食店が多いが、履物の「丸屋」や星野金物店など古い面影を残した建物も目にとまる。また、旅と街道をテーマにしたブックカフェ「KAIDO books&coffee」は蔵書4万冊。入口が地味なので探すつもりで来ないと通り過ぎてしまいそうだが、店内の本を見ていると時間を忘れる。

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北品川駅が今回の散策のゴール

杉江松恋・藤田香織『東海道でしょう!』と有坂蓉子『ご近所富士山の「謎」』は強いて分類すればガイド系一般書籍だ。普通に読んで面白いのだが、やはり現地を訪れて自分の目線で風景を捉えてその場の空気を感じれば、読み流して気付かずにいた部分がじつはとても面白かったりする。とくに「へえ〜、そうなんだ!」系の驚きと発見は、どんな小さなモノでもコトでも十分に楽しめる。

東海道53次は京都まで続いているし、富士塚もその数は多い・・・。う〜ん、今のところ何かを宣言したり約束したりする気はないが、この先自分が何を思いつくのかを想像すると、なんだか少しコワいぞ。