富士山

【平成富士山道中記】富士山まで歩いて登りに行ってきた(9)富士山 富士吉田金鳥居〜須走口五合目

とうとうこの日がやってきた。川崎宿から富士吉田まで街道を歩き繋いで約200km。9回目の今日は富士登山本番だ。いや富士登拝か。ルートはもちろん吉田ルート。0合目の金鳥居から登り始めて小屋で一泊し、翌日登頂して須走口へ下山する予定だ。山の天気予報を毎日チェックしているが状況はいまいちスッキリしない。登山指数が午前と午後の予報でころころ変わる。2日ほど様子を見てもラチがあかないので8月28日に出発した。吉田火祭りの翌日だ。
2021.08.08
富士山

【平成富士山道中記】富士山まで歩いて登りに行ってきた(8)富士道 田野倉〜上吉田

富士道を辿って田野倉から谷村,夏狩,小沼を通って下吉田まで。井倉,赤坂,夏狩に残る旧道の風情や豊富な湧水,そして富士急線の前身であった馬車鉄道の話題など,今回も話はヨコ道に逸れながら進みます。天気はよくないながらも雲の間から姿を現す富士山はやはりカッコよかった!
2021.08.08
富士山

【平成富士山道中記】富士山まで歩いて登りに行ってきた(7)甲州街道 野田尻〜富士道 田野倉

7回目の歩きの今回は犬目宿につげ義春「猫町」の面影をもとめ、恋塚一里塚のこんもりした姿に癒やされて鳥澤宿へ。さらに富士講の精進場で桂川の流れに触れて古を思い、猿橋、駒橋、大月へと進む。また、甲州道中の風景を描いた紀行『官遊紀勝』の作者・渋江長伯の人物像にも迫る。
2021.08.08
富士山

【平成富士山道中記】富士山まで歩いて登りに行ってきた(6)甲州街道 相模湖〜野田尻

街道歩きの面白さはじつは宿場を外れたところにある。6回目となる富士山道中記は相模湖から野田尻まで。相模湖をスタートして吉野、関野、上野原、鶴川から野田尻へ路傍の道標や石仏・石塔を巡りながら上り下りを繰り返して徒歩の旅は続く。
2021.08.08
富士山

【平成富士山道中記】富士山まで歩いて登りに行ってきた(5)甲州街道 高尾〜相模湖

富士講の旅に高尾山と大山はつきもの。まずは高尾山に参り、帰路には大山へ参る。セットで参拝されることが多かった理由は何か?そして高尾山に浅間神社が勧請されたのはなぜ?富士山まで歩いて行く旅の5回目は高尾山から小仏峠まで尾根上を行き、相模湖へ下る。
2021.08.08
富士山

【平成富士山道中記】富士山まで歩いて登りに行ってきた(4)甲州街道 府中〜高尾

今回は、富士山を目指して府中街道から甲州街道へ合流して高尾まで。江戸初期の府中から日野までの甲州古道と渡し場について。また、八王子から日光につながる千人同心街道が北関東の富士講ルートと重なることについて等の話を交えながら街道を歩きます。
2021.08.08
富士山

【平成富士山道中記】富士山まで歩いて登りに行ってきた(3)府中街道 登戸〜府中

府中街道もこれで3回目。歩いたのは登戸から甲州街道との合流点・府中の大國霊神社まで。菅の六地蔵や庚申塔、馬頭観音と例によって「石モノ」を観察しながら富士山を目指します。「道しるべ」の面白さに目覚めた街道歩きをここに紹介。
2021.08.08
富士山

【平成富士山道中記】富士山まで歩いて登りに行ってきた(2)府中街道 中原〜登戸

府中街道2回目は小杉から登戸まで。庚申塔や観音さま、くつ稲荷と今も人々に大切にされている遺構を見ながら富士山を目指します。昔の多摩川の曲がりくねった様子や綱下げ松の謂われも盛り込んで見どころ満載の街道歩き。
2021.08.08
富士山

【平成富士山道中記】富士山まで歩いて登りに行ってきた(1)府中街道 川崎〜中原

「天保十二年富士道中日記」を目にして以来気になっていたのは、徒歩で行く富士山はどれほど遠くて大きな山なのか?それが知りたくて、東海道川崎宿を起点にかつての富士講ルートをぐるっと一周歩いてみることに。1回目は川崎から武蔵小杉まで。
2021.08.08
旅の本

竹沢うるま『The Songlines』写真では掴みきることができない旅の世界

いま最も輝いている写真家のひとりである竹沢うるま。彼の旅の写真は見る者の心を揺さぶり、旅への思いを刺激する。そんな彼が敢えて写真ではなく文章で綴った旅の物語が『The Song lines』。写真集『Walkabout』と対を成すこの作品には「心のなかに留まることを望まず、語られることを待っていた」物語の数々が凝縮されている。
2019.05.03
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