戸井十月といえばバイクの旅。しかし私は今まで氏の著書にさほど関心を持つことなく過ごしてきた。
名前が宝塚みたいだとか(トイジュウガツは本名)、仕事のジャンルがバラバラすぎるのではないかとか、咥えタバコの不良オヤジ的な外見に微妙に違和感を感じるとか、氏にとってたいへんに失礼な理由によってだ。しかしそれは勿体なかった。もっと積極的に読んでおくべき作家だった。
そもそも私はバイクに偏見を持っている。世の中にあれほどうるさくて危険な乗り物があるということが理解できない。おかしくない?というヤツだ。ライダーの気持がわからない、ただの食わず嫌いだったのだが。
『道、果てるまで ユーラシア大陸3万キロの日々+4大陸10万キロの記憶』(新潮社)は、戸井十月が、5大陸をバイクで走破する延べ12年に亘る旅を、ユーラシア大陸横断をメインに据えて他の大陸でのエピソードを織り交ぜて語る形式になっている。
旅の始まりはポルトガルのロカ岬。”七月なのに、海から吹き上げる風は頬を凍らせるように冷たい。”という描写から始まり、大陸を西から東に向かって横断し、ロシアのウラジオストクから日本へ戻ってくるまでの旅の記録だ。
移動はもちろんバイク。それにサポート隊のクルマが2台。ユーラシア大陸でこれだけの距離を移動すると、EU圏を除けば数多くの国境を越えることになる。
本書に限らず戸井十月の旅の本には、国境越えにまつわる話が多い。国境を見ればその国がどんな国かわかると本人も語っているし、公式HPのタイトルは「越境者通信」だ。すんなり入国できた国だと、ここは良いと褒めるだけでなく、過去に体験したヒドイ国でのエピソードを持ち出してきて対比させるほどにこだわりがある。
面倒くさい事や不便な事にいちいち文句をいっていたら氏のような旅は成立しないので、読者はそんな道中のトラブルや不快ともつきあうことになるが、もちろんそうしたスタイルの旅ならではの得がたい感動的なシーンも多い。
じつは本書の前に、『52歳、駆け抜けたアフリカ』(新潮社)と『世界で一番贅沢な旅』(小学館)を読んでいて、なんて頑固なオヤジなんだと思い、正直ちょっと引いた。
ちゃらちゃらした観光とか、金を動かすことが目的の開発とか、いわゆるニセモノちっくな物に対しては容赦しない。一刀両断に切り捨てる。氏はジャーナリスト・ルポライターでもあるので、思い込みで批判したりはしないが、ちと眼光が鋭すぎるのではないか、視線が厳しすぎやしないか?という気持がチラッと頭を掠める。なんだか常に少し怒っているように思えたのだ。
しかし、著書を通して戸井十月の旅とつきあっていくと、まあそういう気持もわかるよという心境になってくる。なにせ五大陸だし、寒風に晒されたのも炎暑に焼かれたのも彼自身だ。怒ろうが笑おうが他人がとやかく言うことではなかった。
悪戦苦闘の挙げ句にささやかな、しかし何ものにも換えがたい記憶を重ねる体験…それが旅だと私は思う
本書の前書きにちゃんとそう書かれているではないか。「悪戦苦闘」は避けて通りたいものではなく、戸井十月の旅に必要な要素だった。「少しくらい」ではなく「相当に」頑固でないと彼のような旅はできないのだ。
この旅の様子は、公式HP『越境者通信』の「ユーラシア大陸横断行」から動画と旅日記が視聴できる。動画はプロモーション風でいまいち物足りないけれど、戸井十月の旅は映像とセットになっているので、頑固オヤジがバイクで風を切って行く実走シーンが見られる。
氏は自分の旅をテキストのみで表現しようとは考えておらず、その体験をもっと丸ごと読者にぶつけたいと思っている。そして「旅はいいよ!」と言っている。大地をしっかり踏みしめて世界をよく見ろ!と。
そのあたりの、ある意味ちょっとお節介な部分も戸井十月の魅力だ。
ちなみに戸井十月はこの旅の終了時点で61歳。その3年後にがんで他界するが、最後まで旅とバイクを愛する不良オヤジを貫いた。
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