デパートの催事は週末に開催されることが多いので、われわれもそのスケジュールに合わせて動く。セールの前にどっと陳列用の什器を運び込んで、期間が終了すると撤収だ。
什器はガラスのショーケースやワゴン、棚などかさばるものが多いので、通常はB3ではなくまとめて倉庫に保管しておく。保管場所は花園神社の下にあった。さらに下落合にも倉庫があったので、3箇所を行ったり来たりして什器を移動した。
伊勢丹に通っていたとはいえ伊勢丹デパートに雇われていたわけではなく、バックヤード業務請負業者のバイト要員だった。
だから、催事セールの前後はバタバタして忙しいが、その他の日は使い終わった什器を花園神社か下落合へ運んで整理し、次の出番に備える。そうしたデイリーワークはそれほど大変ではなく、むしろバイトとしてはオイシイ仕事だった。繁忙期にその他大勢の学生バイトとしてかき集められて始めた仕事だったけれど、いつしかラクな日にも呼んでもらえるようになり、そのうちレギュラーになった。
午前中に事務所に顔を出して「じゃ、ちょっと片付けてきて」と言われたら花園神社へ行く。花園神社の隣りはゴールデン街だ。
その頃『月間プレイボーイ』で「読まずに死ねるか!」という本の紹介コラムを書いていた内藤陳が「深夜プラスワン」という店をゴールデン街に出していた。冒険小説やミステリに夢中だったわたしはその店にものすごく興味があったけれど、なんだかコワくて入ることができなかった。
ゴールデン街の客はほとんどが常連で、おかまバーやぼったくりの店も混在していて、誰かに連れていってもらわないと入れない雰囲気の店が多かったのだ。飲み代の相場も分からなかったし、やはり腰が引けた。
そんなゴールデン街だけれど、平日の昼間、とくに午前中は静かでのんびりしていた。今のようにぎちぎちにビルが建っているのではなく、取り壊された建物の空き地などもあり、もっと空が広かった気がする。
近辺のホームレスたちが、飲み屋の裏に出してある空き瓶からちょびっとずつ残っている酒を集めてきて呑んでいるのを時々見かけた。声をあげて騒ぐこともなく、ちびたタバコを吸いながら楽しそうに酔っている。どこかの店のママさんが、残り物らしき卵焼きを差し入れしたりしていた。皿ごと手渡していたから、彼らは後でその皿を返しにいったはずだ。
ホームレスだからといって疎まれてはいなかったのだろう。まるで誰かが演出した映画のワンシーンのようだった。
※今回は写真ではなくマップ。基本的にこの三角形の中をうろついていた。一番たくさん呑みに行ったのは三丁目の末広亭の並びにあった「庄助」だ(今もある)。
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