回想録なのになぜか書店へ走りたくなる!北上次郎『書評稼業四十年』

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これを読んで、「これは大変だ!」とすぐに私は立ち上がった。そのときは急ぎの仕事をしていたのだが、そんなことをしている場合ではない。(中略)隣町の書店まで『ブラック・ラグーン』全九巻を買いに走ったのは言うまでもない。すぐれた書評は、こういうふうに読者に行動を起こさせる。(本文p40)

引用は「書評家の分類について」という項で霜月蒼が『ブラック・ラグーン』をホメちぎる書評を北上次郎がさらにホメる場面だが、私はこれを読んでハッとした。そうだ、そうなんだよ北上次郎という人は。

〝煽り書評を書く煽動家タイプ〝の書評家なのだ。

北上次郎の存在を知ったのは学生時代。80年代の初頭だ。書店で「本の雑誌」を見かけて手にとって衝撃を受け、すぐさま買って帰って隅から隅まで一文字残さず舐めるように読んだ…わけではない。よく覚えていないが、たぶん椎名誠を通じて「本の雑誌」にたどり着いたのだと思う。『気分はだぼだぼソース』が新刊だった頃だ。

その頃「本の雑誌」が季刊だったか隔月刊だったか、あるいは普通の書店で買えたのかそうでなかったのかこれも記憶が曖昧だ。しかし読んでみたら「本の雑誌」は面白かった。本の紹介の仕方や紹介されている本が面白かったことは言うまでもないが、なにより「本の雑誌」にはパワーがあって読み物として面白かった。レビューされている本も読みたいが「本の雑誌」も読みたいので、神保町を歩いてバックナンバーを漁った。

学生時代は学校へはあまり行かず、新宿の伊勢丹デパートでアルバイトをしていた。給料は日払いにしてもらっていたので、バイトする→本買う→バイトするという単純なループ生活をおくっていた。本を買うのは主に紀伊國屋書店で、バイトがない日は神保町へ通った。しかし本以外にもレコードを買ったり酒を飲んだりするから欲しい本の全部を買うことは出来ず、常に軽い飢餓状態にあった。

椎名誠の『もだえ苦しむ活字中毒者地獄の味噌蔵 』の最初の方に、購入したばかりの新刊本が詰まったショッピングバッグを両手に下げて喜ぶめぐろ・こおじが登場する。欲しい本は全部買ってしまうという行為が羨ましくて、就職したとき最初の給料で真似をしてみた。両手にぶら下げるほどではなかったが、ずっしり重い本の束を抱えて家に帰った。笛吹きケットルは持っていなかったが、自室で、“「ふっ」と笑った”のではないかと思う。およそ40年前の話だ。

『書評稼業四十年』の新刊案内を見て私がまず反応したのは書籍タイトルだ。これはミステリマガジン連載時からのタイトルで、書籍化に伴うネーミングではないから知るべき人はすでに知っている。単に私のアンテナが低いだけなのだが、北上次郎という名前とセットになっていると、ある種の感慨を懐かせるタイトルではある。

『書評稼業四十年』は回想録ではあるけれど思い出話に終始することはない。「若いときは生意気なほうがいい」や「作家とのつきあい方」「書評家の分類について」などの項は読んでいて強く引き込まれる。その面白さはもちろんネタにあるのだけれど、話し言葉のようによどみなく流れていく文章にもよる。

ずらずら登場する作家や翻訳家や本のタイトルをみて、うん、それそれ、あれはスゴかった!などと相槌を打っているとイモづる式に過去の記憶が甦る。北上次郎の話を聞くだけでなく自分も一緒にしゃべっているような錯覚だ。このテンションは心地良い。


本書の最後の方にこんな文章がある。

まだ本の雑誌を創刊する前、池袋の東武デパート七階にある旭屋書店に五時間いたことがある。棚をずっと見ているだけで五時間過ごしたのだが、とても幸せな時間であった。(本文p255)

このシーンはどこかで読んだ。前出の『もだえ苦しむ活字中毒者地獄の味噌蔵 』で池袋の芳林堂に通い詰めるめぐろ・こおじだ。しかし本人はめぐろ・こおじ=目黒考二(北上次郎)を否定している。

池袋の芳林堂によく行っていたし、鷺の宮にも住んでいたが、武道家の祖父はいないし笛吹きケットルも持っていなかったと。

旭屋書店と芳林堂書店という違いはあるにしても、これは言い訳がむずかしい。四十年たってさりげなく告白しているのである。そもそも「本を読んで暮らしたいだけだった」というオビの一文でアウトじゃないか。連続性視覚刺激過多抑制欠乏症は治癒したのだろうか?


煽り書評の話に戻ろう。

北上次郎は「すぐれた書評は読者に行動を起こさせる」といい、「面白そうだという感慨で終わらせないのが書評であって、書評には評論とは違う熱が必要なのだ」と続ける。かつて自分が「リオのカーニバルの踊り子のようにいつも熱に浮かされて踊っている」と評されたことを引きながら、自らを「煽り書評」を書くタイプだといっている。

本書は回想録で新しい本が紹介されているわけではない。しかし未読の本が出てくると(かなりたくさんある)なんだか気になる。懐かしい昔話に聞き入っていたら、いつのまにか北上ふうのサンバのリズムが奏でられている。こうなったらもう踊るしかないのだが、そういうつもりで買った本ではないからまだココロの準備はできていない。けれど気分は満更でもない。というかホントはすこし嬉しかったりもするのだ。北上次郎の昔話はキケンだ。心して読むべし。

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