『1974年のサマークリスマス-林美雄とパックインミュージックの時代』

radio-1475055_1920 ノンフィクション

ベース・ソロにギターのユニゾンが加わって、タタッ! ツッタン!とドラムが入り、ハイハットがリズムを刻み始めると、ブッカーTのオルガンが重なってくる。

Time Is Tight 』(Booker T. & The MG’s )のオープニング・テーマが流れてくれば、パックインミュージック金曜第2部「林パック」の始まりだ。

レイモン・ルフェーブル「シバの女王」の重厚なエンディングとともに「ナチチャコパック」が終了した金曜日の午前3時。私は毎週ちょっとした決断を迫られる。

早いとこ寝ないと明日がヤバイ。部活があるし金曜日は6時間授業だ。7時には起きるから、今すぐ寝ても睡眠時間は4時間。

でも、なぁ…。

この場合の選択肢は、寝るかそのまま聴き続けるかのどちらかなのだが、もたもたしていると、

月夜のブタは恥ずかしい。ずんぐり影が映ってる。がに股足で坂を下り、夜空を見上げりゃ星ふたつ。ぶっぶー。苦労多かるローカルニュース。この時間はブタ型湯たんぽブーブーちゃんでお馴染みの、下落合本舗の提供でお送りします。(本文p32)

と「苦労多かるローカルニュース」が始まってしまい、目も冴えてきて「ま、いっか」となる。

中学生時代の中頃から高校生になった最初の夏休みまでの間、私は林パックを聴いていた。

ただし、毎週欠かさず朝5時までというわけではなく、「4時ごろまで&ときどき5時まで」というやや中途半端な付き合い方だったのだが。

summer christmas1974

柳澤健『1974年のサマークリスマス-林美雄とパックインミュージックの時代』(集英社)は、“伝説のアナウンサー“であり“サブカルチャーの水先案内人(p294)”であった林美雄の人となりと彼が輝いた70年代という時代を、有名無名さまざまな登場人物を交えて描いた渾身の力作評伝だ。


本書は四章から成り、林パックの誕生から中断を経ての再開〜終了、そしてプロデューサーとしての林美雄という流れで構成されている。

I 夜明け前に見る夢 ・ミドリブタニュース ・パ聴連

II 「林パック」誕生 ・同期は久米宏 ・TBSと深夜放送 ・M ・ラジオパーソナリティ

Ⅲ 深夜の王国 ・八月の濡れた砂 ・ユーミンとセリ ・やけ酒 ・歌う銀幕スター夢の狂宴 ・邦画再興 

Ⅳ 夏もおしまい ・荻窪大学 ・あの日に帰りたい ・サヨナラの鐘 ・サブカルチャーの水先案内人 ・お月様


今ではちょっと考えられないが、当時パックインミュージック第2部にはスポンサーがついていなかった。なので放送の内容にはある程度自由が利く。そうした環境で、ほとんどの人間が寝ているに違いない時間に、林美雄はごく少数のリスナーに向けて、自分がイイと思ったものについてひたすら語り、紹介する番組をつくった。

本当にいいものは隠れている。だから自分で探さないといけない。自分でいいと思ったものを信じて、それを追いかけるんだ。(本書オビ)

それが映画であれば、

たとえば、藤田敏八監督の『野良猫ロック 暴走集団’71』『八月の濡れた砂』、澤田幸弘監督の『反逆のメロディー』、田中登監督の『牝猫たちの夜』『マル秘女郎責め地獄』、黒木和雄監督の『竜馬暗殺』など、日活ニューアクションやロマンポルノ、日本アートシアターギルド(ATG)の作品群であった。(本文p8)

となり、音楽であれば、

たとえば、荒井由実「ベルベット・イースター」、石川セリ「遠い海の記憶(NHKテレビドラマ「つぶやき岩の秘密」の主題歌)」、能登道子の「むらさきの山」、荒木一郎の「僕は君と一緒にロックランドにいるのだ」、桃井かおりの「六本木心中」、安田南の「赤い鳥逃げた?」や「愛情砂漠」、頭脳警察の「ふざけるんじゃねえよ」など。(本文p9)

となる。

もちろん「苦労多かるローカルニュース」のような極めてハイレベルなパロディとスタジオへやって来るユニークな顔ぶれのゲストたちの存在も欠かすことはできないが。


本書は林美雄の生涯と業績を綴るクロニクル。夥しい人物が登場するが、著者・柳澤健は本書の執筆にあたって(最初は『小説すばる』の連載からスタート)、映画や音楽、放送、芸能の各界と家族、知人、友人および番組リスナー諸氏に非常に丁寧なインタビューを行っている。

オビに寄稿したTBSの同僚であった久米宏をはじめ小島一慶に前出のユーミン、石川セリ、そして林パックから広く世に知られるようになった山崎ハコ、おすぎ、橋本治、野田秀樹らの面々・・・。

「あとがき」で謝辞を述べられている人物だけで85名(!)もの人々が林美雄について語っている。そうした人々の数多くの記憶のディティールが重層的に絡み合い、林美雄と彼を取り巻く時代の物語を築き上げていく。

本書の重要な登場人物であるリスナー代表・沼辺信一氏は、それを「ポリフォニー」と表現している(ブログ「私たちは20世紀に生まれた」)が、業界の人々のみならず、ラジオの向こう側で一心に放送に耳を傾けていたリスナー達の声の響き合いも、きわめてリアルに聞こえてくるところが『1974年のサマークリスマス』の魅力だ。

読んでいると、彼らの思いがページに収まりきれず、ドドドっとこちらに押し寄せてくる。

私のように、林パックとの関わりがそれほど深くはなかった者であっても、この本は泣ける。林パックが青春ど真ん中のストライクだったリスナーにとっては、何の説明もいらないだろう。

summer christmas1974 naka

カバーを外して表紙を見てみたら、こんなセピア色の写真の装丁になっていた。

たとえロン毛が似合わないとしても、そんなことはどうでもよくて、あの頃はみんな時代の勢いでこんな風に髪を長くしていた。「林美雄とパックインミュージックの時代」とはそんな時代だった。ネットもラインもスマホはなかったけれど、その気になればみんなで集まって、ワイワイ、ガヤガヤと盛り上がっていた。

「全冷中」とか「ライブ・イン・ハトヤ」といった言葉がものすごく懐かしいのだが・・・。

 

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