今ここにある冒険!ダグラス・プレストン『猿神のロスト・シティ』

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モスキティア地方

中米ホンジュラスの東部、モスキティア地方に地上最後といわれる人跡未踏の地がある。

モスキティア地方の奥地には標高1,600mほどの山々と急峻な谷や滝、急流があり、年間降水量は3,000ミリを超える。鉄砲水や地滑りが発生し、危険な野生動物や毒蛇が棲息する土地で誰も近づくことができなかった。それは現在でも変わらない。

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1526年、スペインのコンキスタドール、エルナン・コルテスがメキシコ征服の6年後に神聖ローマ皇帝カール五世に宛てて一通の手紙を書いた。「第五書簡」と呼ばれるものだ。

この書簡で、コルテスは新たな古代王国を発見したと報告した。これが「シウダー・ブランカ」=「猿神王国」の伝説の元となる。場所はモスキティアの山中だ。

そして20年後、宣教師クリストバル・デ・ペドラサが布教活動のためモスキティアの奥地に分け入った。するとコルテスと同様に、谷に広がる大規模な町を目撃した。

その後、約300年間に亘って、中米には「失われた都市〈ロストシティ〉」が存在するという伝説が語り継がれた。

<Reserva Biologica Rio Platanoと記載されているところがモスキティア地方>

時代が下って1830年代になると、ニューヨークの探検家ジョン・ロイド・スティーヴンズがこの伝説の遺跡の発見に挑み、ホンジュラスの奥地グアテマラとの国境付近で人の姿や象形文字が刻まれた石柱を発見した。

紀行作家でもあったスティーブンズが探検記を出版したところベストセラーとなり、多くの人々がその遺跡に関心を寄せた。マヤ文明の発見だ。

マヤの都市遺跡はメキシコ南部からホンジュラスにかけて広がっていたが、グアテマラ寄りのコパン辺りが東限と考えられていた。密林に覆われたモスキティア地方には近づく者もなく、探検も行われなかった。コパン以東にも何かしらの文明遺跡が眠っているという噂はあったものの、誰も確かめられなかったのだ。

伝説とは

ではその伝説とはいったいどのようなものか。人類学者たちが現地の先住民に聞き取りをおこなった。

  • そこはスペイン人に追われたシャーマンたちが逃げ込んだ場所で、そこに行った人々は二度と戻ってこなかった。
  • スペイン人たちはその白い都市に入っていったが、神々の怒りに触れて死んだか、森の中に消えて行方が分からなくなってしまった。
  • そこは災いに見舞われた悲劇の都市で、住民たちは町を棄て、その後誰も立ち入ってはならない場所とされた。もし禁を破れば病気で死ぬか悪魔に殺されてしまう。

伝説は、こうしたさまざまな物語が混ざり合ってできている。


ダグラス・プレストン『猿神のロスト・シティ』(NHK出版)は、その伝説の都市遺跡を航空調査によって発見し、実地調査で確認した「現代の冒険」を描くノンフィクションだ。著者プレストンはアメリカ自然史博物館のライター兼編集者で『ニューヨーカー』や『ナショナル・ジオグラフィック』にも寄稿する作家。今回の調査に同行し、現地での体験を描いている。

猿神のロスト・シティ

コルテスの書簡から500年近い年月を経て、ドキュメンタリー映画制作者のスティーヴ・エルキンスと映画プロデューサーのビル・べネルソンらによって今回の調査は行われた。

エルキンスが実際に調査に乗り出すまでには紆余曲折があり、ホントにこんなヒトいるの?という、まるで冒険小説の登場人物のような(本書の口絵に彼の写真がある)個性的で有能な協力者も加わり、この辺りはやたらと面白いのだが、それはここでは書かない。

とにかく彼らはモスキティアの山中に遺跡があることを確信し、現地へと赴く。

空中型ライダー装置

調査には衛星画像と空中型ライダー(LIDAR)装置による解析が駆使された。ライダー装置の原理は分かりやすい。

セスナ機に搭載された装置で上空から対象物(ここでは地上のこと)に赤外線レーザーパルスを照射し、反射してきたパルスの往復にかかった時間を測定して対象物までの距離を計算する。得られた三次元空間内の点群データを専用ソフトで地形画像に変換すれば、地上の詳細な変化が読み取れる。

ライダー装置には、巡航ミサイル用の慣性計測装置(これは軍事機密)が内蔵されている。地上に設置したGPSユニットと組み合わせると検知精度が高まり、地上が植生に覆われていない状態であれば1インチ(2.5cm)の分解能がある。

モスキティアはジャングルに覆われているが、どれほど樹林が密生していても林冠には小さな隙間がある。レーザーパルスはそこを通り抜けて地上から反射してくるため、遺跡調査に問題はないはずだ。

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T1(ターゲット1)

衛星画像を詳細に分析して調査地域のターゲット(T1~T3までの3か所)を絞り、2012年5月、エルキンスらはいよいよ上空からの調査に乗り出す。初回の調査で地形マッピングに必要なビームが戻ってきていることを確認すると翌日も現地へ飛んだ。

するとT1エリア内に自然のものとは思えない何かの存在が報告された。プレストンはセスナへの同乗を希望する。

セスナの操縦士はチャック・グロス。飛行家としての経歴は申し分なかった。しかし、調査用のセスナ337スカイマスターは、100万ドルもする高価な装置とプレストン自身を乗せて飛ぶにしてはオンボロに見える。機体のエンジン部からはオイルが漏れていて、内装が剥がれた機内は古い車のような匂いがした。

大きなライダー装置をよけて自分の狭い空間に入ろうとしたとき、肘が当たってパネルが外れた。「心配ありませんよ。いつものことです」とグロスが言った。彼はパネルを拳でなぐってはめ直した。(本文p115)

ともあれプレストンは、グロスが言うところの「傑作」で「最高の軽飛行機」で「全幅の信頼を置いている」スカイマスター(トイレはもちろん座席もない。空調は壊れている)に乗り込み、6時間にわたってぶっ通しでジャングルの上空を飛んだ。

<モスキティア地方はひたすらジャングルに覆われている>

無事に調査を終えて戻った翌日、マッピング担当・サルトーリのパソコンに、長方形の遺構と正方形に並んだ長いピラミッドのような土塁が広範囲に点在している画像が表示された。

地上調査

エルキンスとベネルソンは今回の調査を正当な考古学的発見にしたいと考え、コロラド州立大の人類学教授・考古学者のクリストファー・フィッシャーをメンバーに迎えた。

そして2年半かけて地上調査隊を組織し、ホンジュラス政府から探検と撮影の許可を得る。

T1にはヘリコプターで入り、キャンプを設営することから始める。しかし現地にはヘリが着陸できるようなスペースはない。エルキンスらは英陸軍特殊空挺部隊(SAS)元隊員のサバイバル専門家やホンジュラス軍の協力も得て現地へと飛ぶ。「ヘビ、昆虫、病気、天候、ジャングル通行の困難」など、T1で遭遇するであろう状況について、細部まで完璧に計画を練った。

口絵

右ページ下が地表に突き出ていたワージャガー

そして一行はいよいよジャングルに入る。するとそこには確かに遺跡が存在した。

それは五世紀も前にコルテスが記述したとおりだった。ここには「いたって広大で豊かな文明」があったのだ。(本文p128)

現代の冒険

本書の18章「ここはもう忘れ去られてはいない!」というタイトルは含蓄に富んでいる。

プレストンが『ナショナル・ジオグラフィック』のウェブサイトに第一報を掲載すると「失われた都市」発見のニュースは世界を駆け巡った。

興奮に沸き立つ人々がいる一方で「映画屋による冒険の旅」「先住民の心情を省みない植民地主義的手法」といったあからさまな中傷を交えた批判も巻き起こる。

T1遺跡は奇跡的ともいえる手付かずの状態で見つかった。今後、考古学者による慎重な発掘調査が必要になるだろう。盗掘を防ぎ、ホンジュラス国民の手によって保護されてゆくべきだ。


調査を終えたメンバーは帰国して日常生活に戻った。しかしプレストンを含むT1を訪れたメンバーの体調に異変が起きる。熱帯の辺境で多く見られるリーシュマニア症という寄生虫病に罹患したのだ。リーシュマニア症は「白いハンセン病」とも呼ばれ、致死率が高いうえ専門医も殆どいない難治性の病気だ。プレストンらは情報を交換し合うが、病気について知れば知るほど事態が深刻であることが判明する。そしてあの「病気で死ぬか悪魔に殺されてしまう」という「猿神の呪い」伝説を思い起こさずにはいられない・・・。

プレストンは、病気とシウダー・ブランカが失われた経緯について、ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』にも言及し、新世界と旧世界との関わりを解く。彼の記述は広く文明論にも及ぶが、それは、石川直樹が解説で述べる「五百年にわたりジャングルに打ち棄てられていた都市を、二十一世紀に発見することの意味と是非(本文p361)」を我々に提示する。本書がきわめて優れたノンフィクションである由縁はそこにある。

ジャガーの都

私は埋納物が発見され、ジャガーの頭部が地表から突き出ているのを目にしたあの瞬間を思い出す。雨に濡れて光りながら、それは咆哮を上げ、地面から這い出ようともがいているかに見えた。(本文p350)

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人間がまったく立ち入ることのなかった熱帯雨林の奥深くで、500年ものあいだ大地にあって天を仰いでいたワージャガーは、いったい何を想っていたのだろうか?

猿神王国へと一気に引き込まれる、ぜひ読むべき一冊。

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